2016年05月06日

二人とも日本映画界では異端の存在だった!? の巻

『映画秘宝 2016年4月号』で雑談する会

雑誌部「《激動の角川映画40年史》には
       大林宣彦監督のインタビューが載っていますね」


無知「大林監督が角川春樹プロデューサーと仕事をするキッカケは、石上
       三登志さんの雑誌『映画宝庫』の《日本映画が好き!!!》
       という特集だったのは知らなかったなぁ ( ゚д゚) 」


三畳間「大林監督と角川Pは少女に対する趣味嗜好が似ていた!?」


雑誌部「熊谷美由紀さんを同時期に“発見”していたんですね(´・∀・`) 」


無知「ヒロインの好みは全部一致していた。ヒロインの持っている
       品性というか礼儀作法というか賢さというか、そういう
       ものに対するお互いの嗜好が似ていた≠ゥらこそ、名作が
       生まれた!?」


三畳間「大林監督の奥様さえもあんたたちよく似ているわ≠ニ
       言うくらいなんだ(´ε` )  」






無知「これまでも雑誌のインタビューで何回か触れられてきた
       黒澤明事件の話も!」


雑誌部「製作費50億円で【天と地】を黒澤明監督で撮らせたかった
      角川春樹プロデューサーの願いが叶っていれば・・・」


三畳間「実現していれば、その後の日本映画の歴史は
      大きく変わっていたのは間違い無い!?」


雑誌部「大林宣彦監督が50億のお金を黒さんに使わせたら。しかも黒澤
      明を本気で尊敬している春樹さんですから、日本映画はもっと
      いい方向へ向かっただろうな。そこが僕は悔しいです。あるいは
      角川の映画を春樹さんの夢の通りに長谷川のゴジや黒木和雄さん
      が撮っていればよかったろうなとも思います。
      でも、できなかったことを嘆いてもしょうがない。みんなが
      そっぽを向いたから、当時アマチュアに近かった若い監督たちが
      あそこで映画を撮るチャンスを得たわけだし、やっぱり
      すべてが混沌のなかで現実的にいちばんいい方向へ動いて
      いったんだろう≠ニ仰られていますね」


三畳間「伝説的な日本映画が何作も誕生していた可能性も(´・ω・`) 」


無知「もしかしたら黒澤監督が晩年、資金不足で映画が撮れないなんて
      不幸はなかったかもしれないんだなぁ・・・」

posted by クロ at 19:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記
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